ほぼオリジナルの80系トヨタクラウンと不思議な養蚕農家 群馬県六合村赤岩

f0137655_21202966.jpg

f0137655_21282217.jpg


群馬県北西部は富岡製糸所を中心とした一大養蚕地域である。蚕室を如何に多く確保するか、多様な形態の養蚕農家や専用の建物が生まれた。六合村赤岩(国重伝建)には、塗籠造りの木造3階建ての養蚕農家が見られ珍しい。その集落で珍しいクルマも発見した。トヨタクラウンの80系である。このクルマ、当時流行った刑事物ドラマにパトカーとして良く登場していた記憶がある。交差点を必ずドリフトして曲がっていた。
画像のクルマは工事現場に置かれたものだったので建設関係の方の所有であろう。大変綺麗でオリジナルの状態を維持されているようだった。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-05-06 21:27 | トヨタ

切り取られた風景としての白いcube 京都市鷹ヶ峯

f0137655_8473939.jpg

f0137655_8475711.jpg

新緑が眩しい季節、古都京都の北山鷹ヶ峯の早朝である。鷹峯三山を眺める絶景の庭園を有する光悦寺や源光庵があり、旧周山街道の町並みが残る。
曹洞宗鷹峯山源光寺の本堂は、元禄7年の創建。本堂内部には、「悟りの窓」と名づけられた丸窓と「迷いの窓」という角窓がある。「悟りの窓」は円型に「禅と円通」の心を表し、円は大宇宙を表現する。「迷いの窓」は角型に「人生の生涯」を象徴し、生老病死の四苦八苦を表している。

その源光寺に対して旧周山街道の向かい海鼠壁をあしらった立派な長屋門があった。中を覗くと門の中心とやや軸をずらした玄関をもつ建物がある。その玄関前に白いnissan cubeがいた。明け方雨が降ったのであろう、石畳とともに車体がしっとりぬれている。門の開口を額縁に見立てれば一服の絵のようだ。京都では建物のみならず玄関先の隅々まできっと手入れがなされている家が多い。そういう家では、クルマも行儀良く停められている。さて、この窓、何と名付けようか。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-05-03 08:48 | ニッサン

伝統の日本家屋とフェラーリのマッチング 代官山朝倉家住宅

f0137655_1751834.jpg

代官山のヒルサイドテラスの駐車場にイタリアンレッドのフェラーリが停まっていた。背景に見えるモノトーンの日本家屋は朝倉家住宅。イタ車というのはなぜか日本の伝統的なものに似合うのである。これはデザインに起因するのか、それとも見る者が互いの伝統を掛け合わせるためか?おそらく後者であろう。
朝倉家はヒルサイド、つまり目黒川の谷に面する高台の縁にある。この朝倉家の周りは地あがって手付かずの空地がたくさんある。高級外車もたくさん生息している地域である。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-04-30 17:58 | ヨーロッパ車

戦災を逃れた町は狭い路地 だからチンクチェント 大阪市福島区海老江

f0137655_2043834.jpg

f0137655_2052844.jpg

大阪は主に4回の空襲を受け、中心部のほとんどが戦災を受けている。その中で、川や緑などによって類焼を逃れた地区がある。福島区は非戦災地区が多く懐かしい町並みを残している。海老江3丁目は淀川に近い非戦災地区で、木造の長屋が軒を連ね路地が入り組んでいる。建替えられた民家の玄関先にフィアットチンクチェントがちょこんと座っていた。まるで小犬のように。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-04-14 20:15 | ヨーロッパ車

SJ30ジムニーは幌を外せばフルオープン  岩手県遠野市

f0137655_011959.jpg

もう一発掲載しちゃおう。我がジムニーの幌をはずしたところ。トラクターではないぞ!。でもフロントウインドを倒せば気分はトラクターである(公道では倒して走るのは禁止)。
4WDはもちろんパートタイムのため、副変速機で四駆に切り替える前にフロントホイールのハブをロックにしないといけない。副変速機でギア比を下げることができ、そうするとトップでも40km/hしか出ないがすごく力が出るのである。

このジムニーでは、日本全国の林道をたくさん走った。四国山地から九州山地にかけての山岳集落も随分訪ねた。一番の思い出は、長崎から東京を目指して帰るときのこと。筑豊の炭鉱町を訪ねて門司で夕方になった。ここで、財布に1万円も残っていないことに気が付く(当時は銀行のATMは夜引き出せなかった)。さて、どうしようか。名古屋の祖父母の家までたどり着けば何とかなる。選択肢は2通りあった。
①飲まず食わずで高速に乗って朝名古屋に辿りつく。
②最後なんだから晩飯をゴージャスに食べて一般道を走って名古屋に辿りつく。
若き頃の私が腹ペコで走れるはずはなかった。結局、国道2号線をひたすら走る②を選択した。途中、小郡あたりでゴージャスに焼肉を食らった。この日の走行距離は長崎→名古屋全て一般道で1200KM。一般道を続けて走った最長記録である。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-04-02 00:29 | スズキ

グロス28馬力でも下りダートの王者 スズキジムニー  高知県四万十川にて

f0137655_0555239.jpg

スズキジムニーSJ30、550cc、2サイクルエンジンはたった28馬力(グロス)。わが国最後の2サイクルエンジンは、軽い吹き上がりとパ~ンパンパンパンという独特のサウンド。私がTE51レビンの次に乗ったクルマである。
中央自動車道八王子大月間の登坂車線では時速40km/hまで落ちるほど遅いが、林道の下りでは軽く小さいため無敵であった。あるワインディングでの話し。上りの舗装路で抜かれた数台のスポーティカーをダートの下りで全て抜き返してやったことがある。非力なクルマでいかに速く走るか、私の運転技術や運転スタイルは全てこのクルマによって磨かれたといっていいだろう。たとえば、椅子を一番前にして背もたれを起し(ジムニーはリクライニングしない)、ハンドルを抱え込むように運転するスタイル、加速ではなく減速で車線変更をスムーズに行うテクなど、このSJ30によって築かれた。

写真はかれこれ20年前、四万十川の上流から河口の中村まで、ひたすら川に沿って下った時のものである。有名な沈下橋があったので河原に下りて撮影した。なんせ四万十川はくねくねと蛇行しているため、予定以上に時間がかかり、中村市のビジネスホテルに着いたのは夜遅い時間だった。昨年、この20年前に走った道を一部逆行するように走った。道幅や風景は変わっていないように思えた。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-31 01:11 | スズキ

三輪車タクシーから進化した?オート三輪 中国上海湖州近く

f0137655_4234441.jpg

長興から上海に戻る途中、いつも混雑する町がある。長興では三輪車のタクシーがたくさん居たが、この町にはさらに自動車へ進化した「オート三輪」がウジャウジャ生息している。運転席を覗き込むと真ん中にハンドルが付いてるのではなく、ちゃんと左ハンドルになっていた。このクルマが勢い良く右折して割り込んでくると、ひっくり返りはしないかと心配してしまう。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-29 04:27 | アジア車

究極のエコタクシー 三輪車  中国浙江省長興市

f0137655_2242019.jpg

中国上海から西へ250kmほど入ったところ、太湖の西側にある長興。町には三輪車の人力タクシーが走り回っている。これこそ究極のエコタクシーではないだろうか。最近では東京都心部でも自転車タクシーがエコだのなんだのと走っているが、中国の場合はエコが目的ではないにせよ本格的である。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-25 22:04 | その他

カブのある風景 第二弾  香川県三豊市仁尾

f0137655_23375125.jpg

f0137655_23381093.jpg

ホンダスーパーカブのある風景第二弾。香川県仁尾の酢造蔵の前にカブが停まっていたので、あるなしで比較検討してみよう。カブを消したほうは背後のポスターも消しちゃったので、さらに印象が違うが、どちらがどう見えるだろうか。カブがあったほうがいいと思う人①、無いほうがいいと思う人②に投票ください。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-22 23:45 | ホンダ

ここが働く場であることを示す ホンダスーパーカブ  広島県広島市矢野

f0137655_764248.jpg

朝、新聞配達のカブがブーンときて、カチャットントンと停まって、またブーンと去る音。「あと1時間半で起きなきゃ」と思いながらもう一寝入りする幸せ! 誰もが感じていることではないだろうか。
ホンダスーパーカブはずっと昔から働くクルマとして、常に町の中に存在し続けてきた。家の前にカブが置いてあるだけで、家は空き家ではなく働く場であることがわかる。誰が共通して認識するクルマというのは、良いも悪いも町並みを演出する重要な要素となる。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-21 07:10 | ホンダ

ニュータウンの中の農村と3代目グロリア 神奈川県横浜市港北ニュータウン周辺

f0137655_21485798.jpg

横浜市の郊外、港北ニュータウンの間には、多摩丘陵の農村が残されている。そのエリアを歩いていたら古民家が残っていた。こんにちはと入っていくと庭にレトロなクルマが。プリンス自動車のグロリアが日産セドリックと初めて姉妹車になったタイプ。ナンバーは一桁である。まるで30年前にフラッシュバックしたような気分になった。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-19 21:54 | ニッサン

農村の生活感を演出するスズキキャリー 新潟県栃尾市栗山沢

f0137655_17513525.jpg

新潟県中越地方、長岡市栃尾栗山沢(旧栃尾市)の山村風景である。中越地震の震源地だった山古志村の直ぐ近くであるが写真は地震が起きるずっと前。
この地域では、収穫した稲穂を自然の木をつないで造った柵に干す光景が見られる。その傍らに農村ではおなじみの軽トラがちょこんと停まっていた。このクルマの主はいま何処にいるのだろうか。下の田圃で作業をしているのかな?、あるいは家で昼飯を食っているのかな?
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-18 17:51 | スズキ

農村の化石 マツダオート三輪  群馬県南牧村勘能

f0137655_10354161.jpg

仮面ライダーではないぞ。マツダオート三輪。私の子供の頃はこれが町の中をまだ走っていた。見てのとおり前輪のバランスが悪いから、勢い良く曲がるとひっくり返る代物である。
農村を歩いていると化石化したクルマたちに出会う。こうして捨てられた車を見ていると環境問題というより痛ましく思う。でも、ここまで朽ちているとアートといえるかもしれない。地球上のものは全て土に返るわけだが、こんな鉄の固まりも必至に土に返ろうとしているのだ。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-18 10:41 | マツダ

戦災を免れた下町に生息するコルベット 東京都台東区小島

f0137655_05054100.jpg

御徒町の東側一帯は戦災から免れた地域である。銅板壁の看板建築を探して歩いていたら真っ黄色のコルベットが現れた。銅版の緑と黄色のボディ。なぜか下町にはアメ車が似合う。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-18 00:53 | アメリカ車

焼き物の町で見かけたスズキカプチーノ 愛知県常滑

f0137655_0401394.jpg

愛知県の知多半島にある常滑市。その焼き物の町を歩いていたら細い路地にスズキカプチーノが停まっていた。足には超軽量ホイールのアドバンスーパーラップを履いているためキマッている。マニアにしか売れずしばらくして絶版になった軽のFR車。こういうクルマをまた出してほしいものだ。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-18 00:42 | スズキ

私が最初に乗ったクルマ カローラレビン 北海道にて

f0137655_0111137.jpg

トヨタカローラのスポーティバージョンとして位置づけられたレビンとトレノ。最初に発売されたTE27やFR最後のAE86は有名だけどTE51なんて知る人は少ないでしょう。排ガス規制の中、復活したDOHC1600ccの2T-Gエンジンにあこがれた中学生は、免許をとって早速このクルマを中古車で購入したのである。朱色は中学生の時から決めていたボディカラー。しかし、エンジンは壊れていて4気筒のはずが3気筒で走っていた。矢沢永吉の曲をフルボリュームで流しながら、国道20号線をかっ飛ばしていた若き頃の私である。この写真は仲間と北海道まで走った時のもの。今でもあの頼りないハンドリングの感覚を覚えている。
[PR]

  # by manbo_kurumachi | 2007-03-18 00:20 | トヨタ

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE